まなじゅさんへの私信。「明日ママがいない」を私はこう見ていますよー。(3019文字)

ファミリーポートレイト

 

 

コメントするのは久しぶりですが・・・

明日ママがいないは、結構話題になっていますが、私は見ていません。それで、
どんな話なのか教えていただきたいのですが・・・
べるんさんは明日ママがいないについて、
どう思っていらっしゃるかも知りたいです。
ずうずうしくて申し訳ありませんが、
よろしくおねがいします!

――まなじゅさん id:manazu-pokemon

 

 

コメント有難うございます。メインブログで「明日ママがいない」の記事を2つほど書いてあるので、まずこちらを読んでいただければなと思います。

 

・1話批判うずまく『明日、ママがいない』を見たらメチャクチャ良い作品だった(6349文字)(http://eroge-pc.hatenablog.jp/entry/asita_mamagainai

 

2話 『明日ママがいない』感想__愛の継承は可能ですか?(6770文字)(http://eroge-pc.hatenablog.jp/entry/2014/01/28/092142

 

ここからは上述した記事を読んで頂けているという前提で話を進めていきます。

 

 

  *

 

 

 

世間でバッシングされている大半の言葉は

この時間帯にこういうドラマを放送するなんて信じられない!」←夜10時放送なので子ども向けではない、完全に大人用。


子どもに悪影響だ!」←「明日ママがいない」を観て子どもに悪影響が起きたらそのつど親御さんが導けばいいだけのこと。なんでかもかんでも「臭いものに蓋」の精神で子どもが育つと思うのか? 純粋培養に育てられてた子どもは"ちょっとした"ことで心が壊れることを知らないのか? いいことばっかりじゃない、汚いこと醜いこと直視に耐えないことを教えていくべきだと私は思う。


施設暮らし/孤児に精神的外傷ができたらどうする!」←全ての人間が"傷つかない"作品なんてものはない。さらに「●●の人たちが傷ついたらどうする!」という言説は、"自分の都合のいい表現"しか認められない証拠であり、かつその言葉を社会的に適用するのは害悪である。なぜならば、「自分が気に入らない表現は規制する」ということだからだ。あんたが気に入らないからといって、それをさも「正義」のように語るのはよせと私は思います。傷つく表現がある、心にナイフが突き刺さるような作品がある―――それが嫌いなのはいい、けれどその"嫌い"を自分以外の他者にまで適用するなとも。 

  

  *

 

さてここからまなじゅさん宛です。文章が乱文になるかもしれませがご了承下さい。

 

【明日ママがいない】という物語は「親に捨てられた子」、またはなんからの事情で親と引き離された子ども達が、現実の理不尽さに打ちのめされたながらもでも希望を手に手繰り寄せていくようなドラマのように私には見えます。

(まだ7話しか放送されていないので今後ここの考え方は変わるかもしれません)

 

主人公は赤ちゃんポストの出自である「ポスト」と、親から捨てられた「ドンキ」という名前の女の子2人です。すごいですよね? 名前が「ポスト」に「ドンキ」なのです。彼女たちは2人とも「親から捨てられた」という経緯があります。

考えてもみてください。もし自分が親に捨てられたとしたら? 親から「死ねばいいのに」「なんでお前生まれてきたの?」「お前がいるから不幸になる」―――そういうふうに言われ続けてきた子どもたちの気持ちを。


自分を作った母親から、自分の存在を否定されるのです。これほどまでに辛い出来事はそうそうないと思います。自分はなんで生きているんだろう? という疑問を母親からまたは父親から【お前なんか生まれてこなければよかったのに】といわれるんです。

『明日ママがいない』では、そこまで露骨にポストやドンキは言われるわけではありませんが、同じ意味をもった言葉を、行動を受けます。ポストという女の子は、人格形成がはじまる3才頃からもう親から捨てられたという烙印を刻まれている人間です。

だからこそ、ポストは"ポスト"という名前を自分自身に与えたんですね。彼女にも役所に届けられている「社会上の名前」は存在します。学校で先生に呼ばれるとき、保険証に記名される名前……しかしその「社会上の名前」はは唯一母親からもらったものです名前です、

 

ポストは自分を"捨てた"母親をとうてい肯定できません。ならどうするか? 親からもらった名前を"捨て"るのです。

 

名前を"捨て"ることで、自分は親から捨てられたんじゃない―――私が親を"捨て"たんだという意識を転換できますから。


親に愛されて育った人はうまく実感できないかもしれませんが、世の中には親に捨てられた子ども、親から死ねと言われ続けながら育った子ども、呪われ貶され奪われ続けた人間がいます。だからこのドラマの汚い部分に"耐えられない大人"がでてしまう。

こんな可哀想なものを!不幸なものを!!子どもにみせるなんて!!! と言って醜悪なものを遠ざけて蓋をしていくんです。私にはそう見えます。

 

 *

「明日ママがいない」で語られていることは、大きくわけるとこんな感じでしょうか。

1、現実は非常だ、理不尽だ。親がいない子どもというだけで世間は厳しい。本当に厳しいんだ。だからちゃんと「芸(=市場価値)」を高めろ。世の中に受けいられるように媚びへつらい、危機を避けていけ。

 


2、自分の領分を知れ。自分の現状を正しく認識しろ。お前たちは親がいない、後ろ盾もない、お金だってない。だからこそ社会的に否定される行動は取ってはいけない。犯罪や暴力。たとえそれが向こうが悪くても、先に手を出したら"お前たちが悪いことになる"―――だから自分の領分を知れ。

お前たちは親から捨てられた、孤児だ。グループホームという孤児同士がクラス施設にいる。お前たちが望んでいる母親や父親は帰ってこない、お前たちを連れ戻しにはこない。

 

里親に気に入られるよう努力をしろ。お前の・今の・現状を知れ。高望みしている場合じゃない。クラスの連中の幸福に嫉妬している場合じゃないんだ。

 

 

3、親に捨てられる=自尊感情の欠落をどうすればいいのか? 


親に「捨てられる」。今日から「お前いらないからどこかよその家で暮らしてね」と言われる。多くの子どもはその出来事で、自尊感情、あるいは自己肯定感とよばれるものを欠けさせてしまう。

自分が自分でいいと認められる力。
自分は生きていてもいいんだよと自分で認められる力。

もしこの自己肯定感を欠けさせてしまった場合、本当に……本当に生きるのは地獄です。ポストやドンキはそういうのに必死に抗っている……なんとかしようと……している?

 

 *

「明日ママがいない」は親からメチャクチャに切り刻まれた人達で溢れています。

"アイスドール""ロッカー""ポスト""ドンキ"、……。みんな心に血が溢れでるような過去を背負っている……。っていう感じ……ですかねどうでしょうか。


+++

 

私の感想としては、【明日ママがいない】はめちゃくちゃいいドラマだと思います。ツタヤとかでレンタルされたらまず「1話」でもいいから観てほしい!。

世間の評価とか私の評価とか気にしないで、まずまなじゅさんご自身が

 

自分の目で観て、耳で聞いて、心で感じたことを受け取ってほしいなと思います。友だちが親がクラスメイトが先生が―――なんと言おうとも"自分"の意見を持つことが大事だと私は思うのです。

 

 

……といろいろ書いてみたんですが、コメントの主旨に添えたでしょうか。もし満足してもらえたなら幸いです。それではまたなにかあれば。

 

 

あとほんとどうでもいいんですけど、この2つの小説おすすめです。砂糖菓子の弾丸ryは「女の子」目線で現実の理不尽さを。ファミリーポートレートは子どもと親の関係を濃い心象世界で描かれているので! もし興味があったら手にとってみてください。(砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけないは私が中学生の時に、読みたかったなあと思わせてくれるほど"ゾクっ"とくるいい小説でした) 

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない (角川文庫)

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない (角川文庫)

 

 

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