自文化と他文化の摩擦。でも受け入れなくちゃ行けない状況について

 



>>ちょっと思ったんだけど、グローバル化が進行するということは、"文化"もグローバル化するということになるんだろうか? それとも群衆同士がより分けられその区切りをもって?

世界が繋がり包括されるということは、国境そのものが無意味かしてしまうはず。民族のよりどころとしての国家が解体される……?

他文化と自文化の強い摩擦。それもなかば"受け入れないと"っていう状況だと…………、んんどんな事態が予測される?

これが"受け入れないと"という状況じゃなければ、自分たちは自分たちあちらはあちらで、済ませられる。(済まない場合は対立をもっての行動でしかありえないはず)

これは……これほんと大丈夫なのか?……。刺青の件がどうのではなく 自文化を他文化を半強制的に受け入れなくちゃいけない状態―――というのがすごく危うい

アナフィラキシーショックみたいな拒絶拒否反応が出ちゃうんだと思うんだけど、それが現実的にどういう状況になるのか私には想像つかないな……

「◯◯の国はこうだ。じゃあ日本はどうだ」 というの提示と事実確認としてはいい。目標や道標になるために情報としてはわかる。 ただ、こういう他文化を自文化に「今」「すぐ」なんて適用できない。それは積み重ねてきた倫理観が深く結びついてると考える

ていうかね、今すぐに適用できたら、それはもう文化でもなんでもないと思うのよね

んー……。なんか嫌な予感しかない。おそらく嫌なことが起きそうなだあ……

聖域を侵害されたらどうなるか?  それに対応する行動は、決まっている

あー……。希ちゃん

最悪の場合は、おそらくそう。対立の一歩先へ、だと思う。けどそこまではいかなくても、致命的な何かが起きそうだなと思うんですよね

オリンピックね。オリンピックというより、世界包括が進んでいるのが現在の状況だと 進んだ、最終的な姿はイメージできる。けれど、「過程」が未知数なんだよなあ

カッツェの「オワタ!」っていう声が聞こえる(!)

いやなんだろう心配しすぎなのかな……。

 

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五体不満足

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