時間の線上構造と圧縮について、悠馬的世界の景色

ウィトゲンシュタインはこう考えた-哲学的思考の全軌跡1912~1951 (講談社現代新書)

 

この世界って「時間」という概念が、「過去から今から未来へ」と→→という矢印方向になっている____ように見えるけど、実際はそうではなくて、ただの点なんだっけ?……

いやんー? なんだろ事実としては「過去から今」と連続しているけど、「時間」という概念の捉え方みたいな?……

悠馬的世界の捉え方だよねこれって。連続性で景色を見るんじゃなくて、クモの巣状で景色を見る。 ふーむ

記憶が「→」 こうならない。じゃあどうなっているの? 記憶が「*」 こんな感じなんだろう。すべて断片的。 記憶と記憶の「繋がり方」が違うのか

これは今までの自分の「絶対的な価値観」を壊してみないと、よく分かんないなあ……。だって今まで時間というか、記憶は連続性のものとしての実感しかないので


夢?……みたいな感じなんだろうか……

んー……ここ難しいなあ……実感……いやせめて景色だけでも理解したい

これはもう完全に「神視点」なので人間ちゃんにはムリな気がしてきたぞ!

なんちゅーか、実際の時間は止まっていないけれど、彼らがみる世界は"ほぼ止まっている"と言ってもいいんじゃないのかなとか

 

 

断片的な記憶が「連続性」によって繋がるのではなく、「有機的」に繋がっていることがイメージできない。 あーなんか理解できる映像ないのかなあ……

紅茶さんから教えてもらった時間構造に関する動画。これはとてもイメージしやすいです。圧縮された時間・円錐状という見方、(あと一回性も関わってきているような←はこれは関係ないですけど) 享楽の瞬間 (7:48) http://t.co/gH18AgKdnb 

この動画を聞いてて思ったのが、 なにかを「思い出す」瞬間、その時、違う時間軸にシフトしているという視点ががが。これはいい

悠馬がみる世界っていうのは、 私の実感レベルで理解しようとすると、この「圧縮された記憶を思い出す」ことをババババーってRefrainしている感じなのかなと。 すると!

こういう【MAD】動画のイメージがぴったり合う気がします。この断片的な映像の切り貼りが瞬間的に襲ってくる感じが、 快速特急 瞬間のシネマ号 (3:55) http://t.co/FGlyrmRTK0

何年分の積層した記憶が開放される感じかもなと。 うんうん……これは悠馬が見える景色をとてもイメージしやすくなりましたですぞ……

あと煮詰めたいのが、さっきの「思い出すことで別時間軸にシフト」というところ。 現実の身体?は→という時間の流れにいると思うんですけど、でも"意識"は違う「時間の中」に漂っているっていうイメージです。 こ、これす、すごくない?!

意識している別の時間は、動画の言葉を借りると線上のものではなく、 点?っていえばいいのかな、どこにも流れ落ちない悠久の枠の中にいる……みたいな……fmfm

 

 

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