物語視点といらだち

 

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……うん合点しました。だとしたら、交わることがないなー……

 

おそらくそういった論者の人とガチガチに言い合わないと、彼・彼女の言い分を納得できない……なーと。

んーんー。んーんんん

 

嫌いでもいい、納得できなくてもいい。ただそこに「在る」ことを認めることができればいい。 けれどその為には、お互いに腹を割って、胸を掻っ捌いて、内蔵を開陳しなければいけないのだとも……

 

傷つけて否定して、切りつけて刈刻む行程は―――やっぱり必要なのか……。 そうだよねえ……そうなのよねえ……

 

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舞台裏―――作画や演出etc。

 

そういったことでアニメを語りたい気持ちは多少なりとも理解る。けれど、「これだけ」をずっと語られるのは(特に好きな作品だった場合)むかっとしてしまう

 

そしてこうも思う。 「その視点は分かったから、じゃあさ内側視点・物語目線ではどうなの?」 と感じてしまう。おそらく”ずっと"、ずっとそれで語られるのがどうも嫌なんだろうね……

 

その人の勝手じゃんとはその通りで、でもナンセンスだよねとも

 

キルラキルとかは結構いい例かもしれない。 あれを見てしまったら、アニメーションの素晴らしさ、作画などについて言いたくなる。パースがなどなど。 けど他にも、あのアニメの良さは語れるし、そこ「だけ」を言及するのは一体なんなのだろう?と思ってしまう。 それ「だけ」しかこの人には

 

見えていないのかな?って

 

 

6月あたりから、エロゲーの感想ブログをだいぶ意識的に回っているのだけれど、 なぜか……この視点だけばかりを語る人が多い、ように見える

 

アニメ感想ブログは、わりと内側視点の人が多いかも?……

 

1、「語りやすい」

2、この要素を語ることで「なんだか分かんないけど分かった気になれる」

 

 

>>内側視点や、良い所を見つけるよりは、 こういった外側視点・舞台裏、批判的視点でみるほうが楽なのかもしれない。語りやすいのかもなって

 

2、あと舞台裏を持ち出し”すぎる"ことが、私の目に多く映る。 このひとつの原因として、「これを語ることでなんだか分かった気になれる」というものがあるんじゃないか?と思う

 

業界のことなんて全然これぽっちも、全然分からないのに、 それの一片を語ることで、その業界の全てを把握したような万能感を感じてしまうんじゃね?って

 

「エロゲって長いよね論」の話を聞いてて、あーそれはあるなーと。 この論調も、「さいきんのエロゲはなんだか長いよね」みたいなことを言うだけで、なんだか分かった気になっちゃうそんな感じに似ているのかもと

 

作品の「裏話」を知っていると、なんだかそれについてよくよく知っているという錯覚勘っていうのかな?

 

制作秘話とか、製作者側から明かされる「実はあれは~~」な話を知っていると、 知らない人とへの優越感を覚えて「おれはこんなことも知っているんだぜ」となるようなそんなあれ。

 

けれど、その作品を考察したわけでも、何回も見なおしたわけでもない。…………知識として知っているそれに価値あんのかなーって

 

思っちゃうのですね。

 

最果てのイマ PORTABLE (限定版)

 

 

最果てのイマ」を挙げると、あれはその人が考察する"過程"が大事だと私は思うんです。 絶対的な存在から、実はアレはー、なんて語れるのより、私はそこに価値を見いだせるという言い方でもいいかもしれない

 

最果てのイマ・考察(http://t.co/drMH3DO44R

 

これとか……プレイした人なら理解ると思いますが、これを造るだけでももう何十、何百っていう時間を使われているのわかりますもの

 

 

「知識を知って正解に辿りつけた」より、 「自分の頭で考えた」というほうが私は好きです。たとえそれが正解に辿りつけなくても (最果てのイマはめちゃんこ難しくて、もうこれは1人じゃ無理です!)

 

……えーとなんだったけ。やっぱり「読者」側からすれば、いろんな視点をシームレスに動かして語っている人が好きというお話なのかも。

んー……なんか違う

私的に、外側視点だけで語れるのは冷たいよねと。それはなんだか嫌いだよ、という単純な好悪だ

 

 

テレカ【ギャングスタ・リパブリカ】