本を読むって言うこと

倫理とは何か 猫のアインジヒトの挑戦 (ちくま学芸文庫)

 

本を読む(=知識の蓄積)、本を読めるっていうだけでもうほんとすばらしいことだとは思うのだけどね、識字率が高い国は盲目的な人が低いきがする。……いやそんなことないか

 

 

本を読んでいるだけでは、ダメなのだけれど、本を読んでいるのは前提なのではとは思う。 経験×知識=想像のリーチを伸ばす。 想像×思考=思考の深度を深くする。 経験と知識はただの素材でしかない。それを有機的につなげることで、多視点を育む。想像の射程距離(リーチ)を伸ばす

 

 

物事を単一的に見れないのは、「単一的な物事しか知らない」から。この場合なにが足りないのかっていうと、たいてい「経験依存」になっていることがおおい。 人が一生のうちに経験できる要素はとても少ない。だからって蔑ろにしろという話ではなく、それを補強するのが知識。

すると想像の幅が飛躍的に向上する。

 

どっちも欠けてはダメだし、どっちも蔑ろにしてはいけない。どっちも大事だし、どっちも有効活用するべき。 さいごに「思考(=自分の頭で考える)」を掛け合わせる。経験と知識があっても、"考え”ることをしなければ、それは宝の持ち腐れなのよさ

 

考える―――というのは、頭のなかでぐるぐる自問自答することではない。 一つの事柄にたいし、自分の結論を言うことが「考えた」になる。

 

経験・知識・思考のパラメータが高く、かつ有機的に結合していると、「思考の深度が深い人」となる。 逆にこの3つのパラメータが低かったりアンバランスだと、「自分の意見がない人」となる気がする

 

私のイメージだと、この3つの要素は並列に存在しているんじゃなくて 「経験」を中心に、核みたいに存在している。原子と分子みたいな関係。 原子が経験で、分子が知識と思考

 

知識も原子の枠にいれてもいい気がするけど、どうっすかな……

 

 

倫理とは何か 猫のアインジヒトの挑戦 (ちくま学芸文庫)

倫理とは何か 猫のアインジヒトの挑戦 (ちくま学芸文庫)

死生学とはなにか

死生学とはなにか