他人に対するネガティブな評価で通じあうってこと。そんな、世界のあり方が、ちょっと辛い

ギャングスタ・リパブリカ オリジナルサウンドトラック

 

 

『……苦手なのは、他人に対するネガティブな評価で通じあう、ってこと。そんな、世界のあり方が、ちょっと辛い 』

水柿こおり

 

 

仲良く喋っているなと思えた2人。そんな2人は別々のところで相手の悪口を言っている……そんな世界の在り方

 

相手に面と向かって、直接に「嫌いだよ」と言うのは分かる。 じゃなくて、相手が"いない”ところで相手の悪口を言う。どうしてそんなことになっているんだろう?

 

ここでの目的は2つあるのかな。

1、自身の気持ちを吐き出したい

2、「誰か」の悪口で"通じあ”っている感覚が欲しい

 

この「他人に対するネガティブな評価で通じ合う」というのは、うんおもしろい

理由としてちょっと上げてみるです
1、誰かの悪口を共有するのはただただ楽しい
2、誰かの悪口を共有することで、コミュニティの強度をあげる

「あいつさー」
「うんうん」
「だよねー!」

「「あははは」」 みたいな

 

・疑問 1、「ネガティブ(悪口)」だからこそ意味があるのか?

 

裏切れないも、コミュニティの強度をあげるにくくちゃっおう

仲間意識という言い方は、あーなるほどなーと

最後の行を消すのを忘れてた!

恐怖、でもありですね

 

1,面と向かって直接「悪口」を言うのは、世渡りという観点からみた下手。 長期的な利益を見たばあい、争いをおこそうとしない考えのもと「裏で」「陰で」言う

 

争いを起こすと、疲れるし、下手するとそこの「場」から退出しないとダメになってしまう。 もしこれが「学校」だったら、ほんときっついよね

学校という教育機関は、退出という「転校」が容易じゃない。 だって自分ひとりで決められないから。まず親の承諾を取り、逃げる手続きをしなければいけない。 あとあとね「諦めちゃいけない」っていう倫理観がここは根強い……これのせいで心をぺちゃんこにしちゃう子が多いような気がする

 

「諦めること」「やめてしまうこと」が"やってはいけない”みたいな意識。 逆に「長く続けること」が美徳だと考えられている節がある

学校といっても高校まであたりでしょうか

にゃるほど、争いの回避から「直接」言うことを避けてしまう。 これのせいで、1の気持ちの吐き出しを外にしてしまうの……かな……

そかそかー、私達は群れなきゃやってはいけない。「孤独」だということ「ぼっち」であることを忌避されるのはそれ故なのか……

 

 

「交換」とか「贈与」あたりを絡めると面白そう

テレカ【ギャングスタ・リパブリカ】

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