コンビニ店長とブログ論と「心象強度」

 

ブログ進化論?なぜ人は日記を晒すのか

ひょっとして俺はマッチョだったのでは - 24時間残念営業

ブログ論の在り方としては、私はこういうのが好き。外敵依存(アクセス、コメント)によらないで黙々と素振りをし続けるような、もんすたーもちべーしょん?____

 

 

思うのは、TwitterとかLINEとか「最初」にやりはじめてから→ブログに行くとそのモチベーションが続かないように思える。

 

Twitterとかは反応をとてももらいやすい、LINEなんて身内なのだから当然のごとく。けどブログはそれがない。 ブログは広大な土地でひとり王国を建造しているようなもの。

ほとんどの場合、ブログを開設した当初は、「読んでくれる人」はいないし「反応をくれる人」なんて存在しない。 外側の要素がほとんど廃絶された環境で、もくもくと、もくもくと記事を書けるっていうのはそういう環境に「最初」に飛び込んだのか、もしくは心象強度が高いのか

 

はてなブログは開設したばかりでも「外側」の影響をある程度もらえる。だから初心者にはいいかもしれない。 けれど、私が目指すものはいつだって「自分のために」書いていることが望ましいんじゃないのかなーと思います。だって、その外側の反応がなくなったら、止まってしまうなんてシステム

システムなんて、あまり良いものじゃないのかなと

 

 

コンビニさんって推敲しないのかあ。
にゃるほど 推敲しないと記事の質はさがるけど、その分長く続けられそうな気も

ブログ論いいですね。なんだかモチベーションがあがるのだ

 

俺がブログを続けられる理由 - 24時間残念営業

吐き出されない内的エネルギーは、溜め込み続けていると暴発するので、それをなんとかしてくれるのも「ブログ」は最適なツールだなと

 

 

ふと思いしたんですが、半年前は文章を書いていると「えねるぎーが空っぽ」になる感覚がけっこうあったんですが、最近はそれに直面しないような。 これはもしかして、文的体力があがっているのかも?!と思いたいです

1ヶ月にブログ40記事書いてみて思ったこと http://t.co/uXy6Lf2wX3

 

そだそだ、書きたい欲という表現をつかってそれを言っていたのだ

 

 

西尾幹二のブログ論壇

西尾幹二のブログ論壇

ブログ進化論?なぜ人は日記を晒すのか

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