物語を「語る視点」の好み

ルドルフとイッパイアッテナ

 

【無料記事】ぼくの目に腐女子はこう映っている。(4551文字):海燕のゆるオタ残念教養講座:ゆるオタ残念教養講座 - ニコニコチャンネル:エンタメ

 

>>記事の主旨とはまったく違いますが、「違う視点」で「同作品」を語ることについて考えてみたい

これはもちろんどんな媒体に通じるものだと思う。
そうエ口ゲーにも。

エ口スケをみると「マウスで◯◯回クリックして終るゲームです」とか言っている人がいたり、「商業的にどうだとか」言っているひといたりするとちょっと私はげんなりしてしまう。

たぶん似たようなことなんだと思う。

あまりに「語る視点」が違いすぎて、前者は理解不能になったり。後者は拒絶感を覚えてしまったりしてしまう。 もちろん素人の意見でいいなら私にだって「商業的に」「ライターがどうの」は言及できる。けれどしない。

今回の記事を見てて思ったのが、自己規定して「その視点だけで語る人」がいるということ。

つまり、他の視点でも(思考の深度はどうあれ)語れるが、"語りたくない”。 理由はおそらく十人十色。その視点で語ることがそもそも楽しめない、拒絶感がでる、とかあるかもしれない 続く

んでんで、自身で規定してわざとその「視点で語らない」人と、 その「視点"でしか”語れない」人がいるように思える。

ここの差は大きいじゃないだろうかなとは思う。 

 

ルドルフとイッパイアッテナ

ルドルフとイッパイアッテナ

ルドルフといくねこ くるねこ (児童文学創作シリーズ)

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