僕が電車で席を譲らない理由―――私のアタマでも考えてみる

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僕が電車で席を譲らない理由 - 自分の頭で考えた結果 http://t.co/vRS1TZxEGF

 

 

 

 

 

 

 

ネットの素晴らしいことは、こういうことを言えることなんだと思う。もう少し前だったら、こんなことを周囲の人間に言っていたらホワイト・アイを容赦なく浴びせかけられていたように思う。

少数派でも声を大きくすることができる。善し悪しは問わず。それが可能になってきているんだと思う。

 

 

そしてそれが少数なのか多数なのか、大勢の意見なのか極々一部の意見なのか分かりにくい。

周囲の人間の反応を見て、「ああこれは希有なんだな」とそのくらいでしか判断できない。 統計がない。


だから、意見を投下してきた場合、大勢が、みんながそう思っているから、というバイアスを取り去って「考える」ことができる。

 

そして多くの人が、その意見に対して反応をする。その意見が一昔前では「当たり前」だと思われていても、時代ごとに変質していくさまが見て取れる。倫理が移り変わった瞬間だった。

 

 

今回のことを言えば、余力があるなら「席を譲ればいい」と私は思う。自分のことでいっぱいいっぱいの人に他人に手をかせる余力などない。むしろその人のほうが助けを求めている場合だった多々ある。だから余力があるなら譲ればいい。ノブリス・オブリージュに繋がるのかなとも思う。

「倫理は最高の概念じゃないのかな?」

忍はそう言った。私はそう聞いた。そしてようやくこの意味が理解できた。倫理とは一人で決してつくれない。自分とあともう一人の「他者」によって生まれる概念。 彼はこう言っていたんじゃないだろうか「他者がいるからこそ、僕がいる」と。そんなふうに

 

最果てのイマ 感想・考察│ 世界は情報を「記録」し続けていく。 (10888文字)

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