1人1人の「個室」と明日の君と逢うために

明日の君と逢うために オリジナルサウンドトラック

 

 

 

明日の君と逢うために」をやっているとひしひし感じるのが、みんな自分の個室を扉を大きく開いている気がする

。境界線が曖昧……というわけじゃないか。 やっぱり自身の個室が狭くない、人を受け入れる余裕がある気がしてならない。あまりにも狭すぎると、境界線がとても強くはっきりする

今よりずっと前の世代は、この自身の個室がかなり広いイメージがあるんですが、実際どうなんでしょ

集団から→個へ。 個から→集団へ。 究極の個体が、隠者という概念なら、その隠者が地球規模で存在しはじめたらどうなるんだろうか