はてな界のストーカー(@ddrdaisuki)宛て。あるいは増田に生息するルサンチマンへ。

5月30日記事(ttp://eroge-pc.hatenablog.jp/entry/2015/05/30/073000)への、あなたからの言及を読みました。

この記事はそのブロマガ記事に対する感想なのですが、まずあなたと同じようにタイトルからレッテル貼りをやってみたのですがどうでしょう? このタイトルは私があなたに対する印象と思ってくれて構いません。

そして本記事の目的は、先述しましたが「言及への感想」と「あなたへの好感度を無化する」ことです。

 

今まで私があなたをどう思っていたか


正直なところ大分前からあなたに呆れているので、そのことを伝えてみようかなと思います。

ここでの記述は嘘偽りない、あるいは無いように努めますので信じてもらっていいと思います。感情や文章の誇張はしません。

まずあなたを認識したのが海燕さんのフォロワーだったこと、そして「作品考察することはオマージュではない」という記事へのTwitterでのコメントを見て認知したのが最初です。

あなたは複数のアカウントを所有し運用していますが、2013年当時は一貫した名前■■■になっていたはずです。海燕さんにフォローされているアカウントと、当該記事に言及したアイコンは違いますが名前は一緒でしたの興味をひかれました。

あのTwitterのコメントを今一度見返したわけではないので間違いがあるかもしれませんが、まず記事リンクを貼ったツイートに「自分はdg氏寄りの楽しみ方をするけどこれからもブログ更新頑張ってください」→からの「まあとはいえこの記事残念だよね」という連投を見て、あなたに対する最初の印象は端的に言えば、すこし悪印象"という程度。

そして時間が流れ、あなたのはてなブログからの私の前ブログへのリンク貼り付け&IDコールTwitterでのちょっとした交流によって完全にあなたを「どこかにいる人」ではなく「認知しうる人」になっていったと思います。

またあなたのブログを当時は読み(今は全く読んでいませんがね)、私にとって面白い視点の数々の発見もあり、「すこし悪印象」から「交流してもいいかな?」というくらいの気持ちになります。

ただあなたのはてなブログを読めば読むほどアクが強い記事が多い。つまり青二才さんへの批判、誹謗中傷、それも長い年月に渡ってウォッチ・付きまとい(これを私はストーカーと捉えます)を知り"ああこういう人か"と理解します。

更に記事内にある他者や自己にたいする憎悪・嫉妬が見苦しいことも押して、「関わってはいけない人」だと判断。

ただこの頃には "それなり" の "微小" の 交流があなたと私にはあったため、「難がある人だけれど私に関わってこないならば交流していこう」と思っていたはず。

一定水準(私基準)の記事を書けて、かつエロゲを語れる人は中々いないので、そういう意味で私にとってはあなたは稀少でした。作品対談、物語の感想を言い合う交流をしてくれるならば、それはそれで楽しそうだと思ったのですね。

そして014年11月頃になると、私の記事に対して、あなたのTwitterでのコメント批判が増えてきたなと感じ始めます。(私はあなたのアカウントをフォローしているのでもちろん私の目に届きます)

私自身、批判されるのが嬉しいかと言われれば嬉しくないですし楽しいとは思いません。とは言え批判するなとは言いませんが、「一応、多少なりとも交流があるならば、ある程度は文調には気を使うべきだ」と思っている私からするとあなたのコメントはいささかトゲが多い。

「作品を語るときに何故あなたは「文脈」を使うんですか?」のTwitterでのコメントでは、あなた自身の痛い所を突かれたかの如く癇癪を起こすこどもみたいに喚き散らす姿を見て「そろそろ潮時かな」と感じ、アンフォローをします。この時「完全に縁を切る」か、それともまだあなたへのレスポンスを受け入れられる状態に留めておくか迷いましたが、ブロックするのは早計かなと思いアンフォローに留めます。

あなたの文脈記事に対するコメントを見て「この人は他人に期待して、勝手に裏切られたと感じて、その裏切られた感情を他人に押し付けてくるのか」と思いました。

この印象は、青二才さんへの一悶着などを見てより確実になりましたがこれは後述します。

そうしてアンフォローしてから大体一ヶ月が経ったあたりでしょうか。あなたから私宛にリプライが届きます。

たぶんべるんさんが「文脈」の記事でいいたかったのはこういう話だと思ったので確認のため感想を伺いたく
ttp://aniram-czech.hatenablog.com/entry/2014/12

当時のお話合いを覚えていると思うので、長々と語りませんが、私はこの時「この人はどうしてこんなにも関係ないお話の記事を"関係ある"と思ってしまうのか不思議」でした。

チェコさんの記事は「自分にピタリと合う作品を見つけよう、その審美眼を磨こう」という記事で、文脈記事は「外部の文脈に頼って作品の主従を逆転している批評ってなんなの?」という疑問と苛立ちの記事です。

この2つはどう考えても似通うものはありませんし、別々の話題のものです。

私が今までに書いてきた記事ですと(当時のリプライでは祈り論の記事を提出しましたが)今思えば「物語は人生をオーバーライドするttp://eroge-pc.hatenablog.jp/entry/2014/07/31/190000」こっちの記事のほうがより適切でしょう。上述した記事はまさに、自分にピタリと合う作品によってどういう心的現象が起きたかの説明になっているからです。

そうして一応なりとも、あなたの誤解がとけ、そこでのお話は終着しました。が、私は「もしかして熱心に読んでくれている読者さんだと思っていたけど、実は全然読んでいない。あるいは読んでいても自己バイアスが掛かりすぎていて(=目が曇っていて)私が伝達したいことがうまく伝わっていない」可能性を懸念します。

私の文章技術・言葉の伝達術自体いいとは言えないので、私による部分もいくらかありえるとは思いますが、この時のトンチンカンなあなたの疑問はちょっとありえないかなと思います。

例えるならば、「リンゴとアボガドの味って似ているよね?」と言われたようなインパクトだと言えば伝わりますか? この2つの味は似ても似つかない(と思っている私からすると)そのような印象になります。こういう類推はお嫌いでしょうが。


あとは箇条書きにすると

  1. 海燕さんへの記事に対しTwitterでの陰口
  2. 青二才さんへのリプライをしたと思ったら、数分後には消去したり、時には詰問し、執着する様子
  3. 時々、はてな匿名日記(通称:増田)にあなたが書いたであろう海燕さん宛ての文面を見て
  4. あなたが自分で誓った約束事も平気で破っていく姿勢

 

まず(1)(2)ですが、普通に考えて付き合ってはいけない人でしょう。(3)ですが、はてな匿名日記でたびたび彼に関する、怒りに任されたこういう記事が投下されていて、文章・語彙・レイアウトからしてあなたが書いたんであろうなと睨んでいます。

megalodon.jp

megalodon.jp

megalodon.jp

 

一番目の記事は何人かがあなたが書いたと指摘し、それをあなたが口頭で否定される流れまでは見ました。私もその匿名日記を読みあなただろうなと確信していたので、ああやっぱりなと。一連の記事もあなたが書いたと思っています。

 

 (4)は

 

以降禁止=自分にとって書くのが呼吸をするのと同じレベルで容易なもの

・自分が嫌いなもの(青二才含む)への批判
ホッテントリした記事に関する言及
はてなあるいははてな村そのものへの言及

これらは、はてなハイクまたはクローズドな場所で行うことにする。

http://tyoshiki.hatenadiary.com/entry/2014/10/12/212622

 と宣言した2014年10月12日から、わずか15日後の10月27日の記事にて青二才さんを言及、批判という流れを見て信用ならないと感じます。 

今まで長々と語りましたが、私があなたに不快感・呆れたと思うのは主に「親しい人にでもえげつない言動を取ること」です。

少なくともあなたはTwitterでキツメの批判を何度かしている。海燕さんとあなたは仲がいいのではありませんか? 少なくとも親密な関係を築こうとしていた、仲良くなろうとしていたように私には見えましたが違うのでしょうか。ブロマガだってお金を払って読んでいるはずです。それは彼に興味があり、愛着があるからなのでは。

これがただのムカつく相手、嫌いな相手に対して文調のきつい批判、えげつない匿名での吊し上げ行為はまだ理解できる部分はあります。(まだね)

しかし親しい相手(親しくなろうとしている相手)にさえ、こんなことをやるのは私からずればただの害悪な人間でしかありませんし、そしてこういう人間を私は私の人生に関わらせたくないなと切に思います。

あなたは、あなた自身を鑑みて、あなたが今まで起こしてきた言動を客体視し、そんな自分自身と一緒にいたいとか、誰かに好きになってもらえるとか、そんなふうに他者が思うと思いますか?

何にせよ、私自身はそんな人間(あなた)と交流を持つことは難しい。

三十を超えて未だにこんな他者とのコミュニケーションしか取れないというのならば、もうずっとこのままでしょう。あなたは今までも、そしてこれからも、そういうふうにしか他者と関われないのでは。

相手に期待して、相手が自分の思い通りに動かなければ癇癪を起こす。それはそれは"毒親"や"幼子"と同じでしょう。アドラー心理学の記事をいくつかあなたは書いていましたが、どうして「課題」について実践できないのか。他人と自分は根本的に違うことを、理解できないのか。自分の期待を相手が叶えることなどありえないと知り得ないのか甚だ不思議です。

少しくらい期待してもいいと思いますし、自分がこうなって欲しいという思いを持ち続けるのは結構です。私もすると思います。

けれどそれを相手に強要し、執着し、付きまとうまでになれば、そこまで程度が行き過ぎれば相手が嫌な思いをするのは当たり前です。

前から思っていたんですが、もしかしてこの「相手が嫌な思いをする」ことをあなたには想像できなかったりするんですかね。わからないと。もしそうであれば、今までのあなたの言動は全て腑に落ちますがさて。

 

――さて、あなたに対して内面の忖度、未来の断定、レッテル貼りをしてきましたがウザくありませんか? むかつきません? 嫌だと思いません? 喜ばしいと感じることはないと思いますがどうですか。

 

 

■言及への感想

ようやくあなたがブロマガに書いた記事への感想です。一言でいうと「やっぱりうまく伝達したいことを読もうとしてくれないか」と思いました。


全文を指摘することもないので、ここの箇所だけ私から指摘します。

そうよねー、本当に自己完結できるなら、自分だけで物語を豊かに味わい尽くせる人は、方法論なんかどうでもいいよね。他人がどう楽しんでようが関係ない。でもそういうのが気になって仕方ないのよね。こうやって自分に迷いを抱えつつよきものを目指したいという姿勢、とても眩しいですわ。

 

これはあなたのことでしょう?

物語体験に劣等感を感じていて、内側視点で捉えることが難しく、いつも外側の視点でしか捉えられない。だから他者の方法論や感想を読み漁るし、他人の視点を借りようと必死になる。昔から自分の「読み方」を信じることができず、その読み方に見切りをつけるほどに物語を"どう読んだらいいか分からない"。だからこそ、あなたは自己完結したまま物語を読めないし、ひとりで物語を豊かに味わい尽くせない。

どれもこれもあなたが自分のブログで告白していたことでしょ?

私に自己を重ねるのは勝手ですが、当該記事とは全然関係ないことを展開しているのでもう一度読みなおしたほうがいい。

もちろん、あの記事は突っ込みどころ多いですし、ひどいでしょう。ただそれはそれとして、私があの記事を通して「何を目指しているか」くらいは分かると思うんですが、それさえも理解は難しいですか?

あのブログは何を目指しているか語ってきていて、理解不可能ならば、ああやっぱりという感じです。

 

 

おわり


長かったですね。お付き合い頂き有難うございます。

あなたが最後の問いに回答してくれることを望みますが(本記事のコメント欄を好みます)、とはいえ、どちらでもいいかなとも思っています。任せます。

そして、あなたの回答が合っているか間違っているか、はたまた無回答か、どうであれ今後あなたと接点を持ちたくはありません。私に言及することも、リプライし応答することも、こういう記事を書かなければいけない事も、あらゆるコミュニケーションを取って欲しくはないと明記しておきます。 失望しました。